印刷技術と宗教

東洋では宋から元の時代、10世紀から12世紀にかけて活版印刷の技術が普及してくる。
西洋ではさらに2世紀ちょっと遅れるが15世紀にはグーテンベルグが活版印刷技術を熟成させて普及する。


活版印刷の普及により、それまで王侯貴族と宗教権威者が独占していた文字情報が市民階級にも広く行き渡るようになり、一気に宗教の権威が下がる。


東洋では宋の代よりあとには大きな仏教の宗派は起こらず、西洋では聖書の大量流通によってプロテスタントが成立し、知識は宗教が独占するものではなくなり、知識の習得は僧院から学校へと場を移す。


口伝や写本でしか知識が伝わらなかった時代から、印刷物で知識が伝わる時代となり、文化=宗教の時代が終焉を迎える。




インターネットの普及にともない、情報発信コストが劇的に安くなったから、誰でも発信できるようになり、誰でも情報権力者になれる可能性が高まった。


媒体が膨れあがると、情報の価値の評価が質から量にシフトしがちで、少数の精鋭の記者が書く新聞記事より、多数の名無しが書き込む掲示板やブログの方が発言力があるという傾向になりつつある。


多数の名無しと言っても、実際には選挙のように局所的多数を取ればオピニオンリーダーになれたり、雪崩式に残りの浮動票が流れ込んでくる。


大手メディアで寡占市場を作って支配するのと、サクラ名無しを駆使して書き込みまくって流れを作るのと、どっちがより低コストで確実なのかどうかは微妙なところ。


メディアがより高速でリアルタイム更新になると、情報による大衆の操作もより高速になる。


高速な情報に接続している消費者の消費行動は、より高速になるはず。
消費行動が高速になればなるほど、在庫リスクを圧縮できるので、メーカー、流通、小売ともにメリットがある。


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第二次産業以降の産業が高速化しやすいのに対して農業はレスポンスが鈍いが、そこにイノベーションの余地があるのかどうか?